これ以上は近寄らないでください

ストーリー
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映画の1シーンのようにはいかないね。

あの俳優のようにぼくがカッコ良くて、あの脚本家のように伏線を張れて、あの監督のように演出できたら。

君が流した涙をきれいに拭ってあげられるのに。

なにも言えないし、なにもできない。

君の隣を歩くだけ。

なにか話しかけたいのに、ちょうどいい話題が思い浮かばない。

浮かんでくるのは、あいつのことばかり。

今の君に、それは辛いでしょう。

なにか浮かんできても、ぼくの中で勝手に連想ゲームがはじまって、どれもがあいつに繋がってしまう。

駅までもう少し。なんでぼくは、ここにいるのだろう。

「ちょっと付き合ってよ」

君からデートのお誘いかと思いきや、こんなことになるなんて。

君はわかっていたんだろ?こうなることを。

ぼくはわかっていないんだ。どうすればいいのかを。

靴ひとつ分くらい、君に近づこうか。ちょっと斜めに歩きながら。

「ありがとう」

歩くラインを変えようとしたら、君が声を発する。そこそこ長い付き合いだけど、聞いたことのない声で、君が言う。

ぼくは、うなづくことしかできないよ。笑った顔すら上手に作れない。

むかし観た映画だったら、この先どうなっていたっけ。

エンドロールには早すぎる。まだなにも起こっていないよ。足の指ひとつ分さえ、君に近づけない。

「ありがとう。助かったよ」

いつもの声で君が言う。ぼくの気持ちをわかっているかのように、君はいつもどおりを振る舞う。

君もたいがい、下手くそだよ。笑顔を作るのが、下手くそだよ。

こうなることを君がわかっているのなら、この先どうなるのか聞いてみたい。

「やさしいね」

欲しくもない言葉を、君が言う。

「君もね」

深い意味はなにもないけど、意味をよくわかっていないけど、カッコつけてぼくは言う。

これが映画だったらどうなるのだろう。

結末しか覚えていない映画だったら、ふたりとも最後は笑っていたね。

ハッピーエンドかどうかはわからない。その先、ふたりがどうなったのかは誰も知らないから。

手を伸ばせば届くところにいるのに、からだが触れ合うことはない。

この距離感が、一番いいのかもしれない。

あなたの顔はよく見えるけど、あなたの体温は感じられない。

だから、お願い。

これ以上、近づかないでほしい。

やさしいあなたに甘えないように。

これ以上、甘えないように。

ごめんね、ありがとう、ごめんね。

駅までもう少し。エンドロールには早すぎる。結末はまだわからない。

私はズルいから。

だから、お願いするの。

これ以上近寄らないでほしい、と。

あなたの温もりを知ったら、私のズルさが溶けだしてしまうから。

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