禁煙の調子はどう?
君は僕の隣に腰かける。
3日目。
僕は指を3つ立てた。
すごいじゃん。1本も吸ってないの?
1本でも吸ったら禁煙じゃないだろ。
本当に?
君は僕のからだに顔を近づけて鼻をクンクンさせる。
やめろよ。
わかんないな。
そりゃそうだろ。でも本当に1本も吸ってないから。
僕は立てた3本の指をすべて折り曲げた。
吸いたくならないの?
吸いたいよ。
ふうん。
君はそう言いながら、かばんの中をゴソゴソと漁りはじめた。僕は君の動きを横目で見る。君はタバコが嫌いなはずなのに。もしかして…。
君がタバコを嫌っている理由。それを僕が知ったのはつい3日前。つまり、そう、僕が禁煙を決意したときだ。
僕は君に告白をした。ずっと前から好きだった君に。
君が彼氏と別れたことは知っていた。随分前に君から聞いていたけど、告白するつもりなんてなかった。
ハートブレイクな君の心の隙間に潜り込むことが卑しいと思ったから。
君はフラれた、と言った。事実確認なんてするつもりもない。
ハートブレイクな君の心に塩を塗り込むようなことをしたくなかったから。
それでも君に告白してしまった。
今みたいに取り留めのない会話をしていたとき、僕はタバコに火を点けた。
君はそのとき、僕の隣に座っていたのに少しだけ僕から離れた。これまではそんなこと一度もなかったのに。
ああ、ごめん。煙たかった?
煙の行方を気にしてはいたけど、すべての煙や匂いをコントロールすることはできなかった。
ううん。大丈夫。でも前の彼氏がタバコ吸ってて、同じ銘柄だったからなんか思い出しちゃって…。今まではタバコ大丈夫だったんだけど、ね。
君は笑った。鈍感な僕でもわかるくらい、不自然に。別れたのは随分前だったと聞いていたけど、君にとってはついさっきのことだったのかもしれない。
俺と付き合わない?
僕は君に言った。唐突に言った。自分でも驚いた。どうしてこんなことを言ったのか。それでも君の顔を見ていたら、すべての感情や理性をコントロールすることはできなかった。
えっ?
当たり前のことだけど、君は驚いた。
ごめん。いや、ごめんじゃない。ずっと前から好きだったんだ。
もう後には引けない。僕はそのまま突っ走る。
うーん、タバコやめたらいいよ。
えっ?
次は僕が驚く番だ。
タバコを1週間やめることができたら、いいよ。
君の言葉を理解するのに通常の10倍ほど時間がかかった。どういうこと?ひっかけ?どっきり?どういうこと?頭の中がグルグル回る。
本当に?
このままだと永遠に答えが出そうにないから、君に訊く。
うん。
君はすぐに答える。
君が見せた表情、仕草。鈍感な僕でもわかるようにしてくれたのか。それなら、いいよ、の答えに繋がるルートはない。それとも君の計算だったのか。そんな思いは、すぐに消えた。考えても答えが出ないことは、ついさっき学んだばかり。
やった!よし、今からタバコやめる。
考えることを放棄し、君が言ったいいよ、の言葉をどこまでも信じた。答え合わせは1週間後。僕はポケットに入っていたタバコとライターをすぐに捨てた。
君がかばんの中から取り出したのは、チュッパチャプスだった。
カサカサ音を立てたあと、君は舐める。
僕はなにを期待していたのだろう。君がタバコなんて出すはずもないのに。もしタバコだとしたら、君の答えはNOだということ。ホッとしたようなしなかったような。すぐに視線を君以外のどこかに投げる。大きく息を吐いて吸って。タバコのことが頭をよぎったら深呼吸をする。3日前からはじまった僕の新しい癖。
ちょっと食べる?
どこからか君の声がした。視線をそちらに戻す。
えっ?
おいしいよ。
えっ?
口が寂しいんでしょ?気が紛れるよ。
君は僕に差し出す。舐めかけのチュッパチャプスを。一回り小さくなったチュッパチャップスを。
僕はなにを期待しているのだろう。
君がチュッパしたチュッパチャプスを僕がチュッパするなんて。
僕はなにを期待しているのだろう。
約束まであと4日あるのに。
差し出されたチュッパチャプスと君を交互に見る。
君は笑っている。どういう感情なのだろう。どういう方程式なのだろう。鈍感な僕にはなにもわからない。
君と直接の接吻はもちろんしたことない。間接だって、ない。目の前にあるのは缶やペットボトル、ストローやスプーンではない。君がチュッパしたチュッパチャプス。
僕にはハードルが高すぎる。
どうしようか。頭の中はグルグル回る。何味?色からするとグレープ?きっと味なんてわかりゃしないのに。きっと答えなんて出ないのに。感情だけでなく学習能力さえ鈍い。
あと4日。
禁煙した日からはじまったカウントダウン。いつも僕の頭の中で動いている。
4日後にもらうわ。
僕は伸ばしかけた手に力を目一杯入れる。
ふうん。
君はまた笑う。君も鈍感なのか、それともただの計算なのか。
鈍感な僕にはわかるはずがない。
でも、そんなことはどうでもいい。
笑っている君は、やっぱりかわいいから。
頭の中のカウントダウンはなかなか進まない。何度確認したって変わらないのに。
それでも僕はチラチラ見てしまう。
君が手に持った、チュッパチャプスを。
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